マスター東京へ行く(その3)


香莉んって一体どんなお店なんだろう?

近藤氏の話によれば、いわゆるテーブルマジックではなく、音楽を鳴らしそれに合わせてマジックを見せてくれるという、それは、今までのタイプとは全然違うパフォーマンスである。

普通、ステージやパーティーなどでBGMにあわせてマジックを演じることはごく一般的で珍しいことではない。しかしバーマジックでそれをすることは、誰でも考えそうなことではあるが、今まであまり見たことがない。結構やりにくい事なのである。
 なぜなら、テーブルマジックは、観客の参加や彼らとのやりとりの中から生まれるジョークやお喋りが一番の醍醐味であり、BGMに合わせた演技では、その微妙なタイミングが十分に生かしきれないのである。それにお互い至近距離にいることで、このタイプの演出には両者に絶えがたい照れを感じることがある。
 バーノンズ・バーでもこの演出を取り入れたいと思っているが、私自身未だにこれらの問題を解消するには至っていないのである。したがって私にとってどうしてもこの香莉んへの興味を押さえることができないのである。

はたして香莉んとは、そしてそこに私の探しているヒントは存在するのだろうか?

さあ、香莉んへ急ごう。

でもいったいどこにあるのか誰もその場所を知らなかった。やれやれ…。
 しかし銀座は便利な所である。香莉んを探してキョロキョロしている私たち三人にもうここで何十年も花売りをしていそうなおばさんが場所を見つける手助けをしてくれた。

そしていよいよ香莉んにつくことが出来た。

まずドアをあけた。そして「マジックを見せて頂けるんですよねぇ?」と近藤氏が聞いた。
 実は、「かりん」と言う名前のお店がこの近くに何軒かあり、ここが私たちが探していた「香莉ん」かどうか確認する必要があったのだ。

すると、「今ショーが終わって丁度お客様がお帰りになったところです。すみませんが少し片付けて、用意が出来たらすぐにショーを始めますので、こちらでお待ち下さい」とマスターに席を案内された。

「ここに間違いない。」少し歩き疲れた三人はホッとして席に着いた。

しかし店の中の様子は私の想像とはかけ離れていた。
 もちろんあらかじめ予約はすませてあるし、マジックバーであることも電話で確認済みだ。しかし、正直に言うと「大丈夫かなあ」そして、「一体誰がマジックするのかなあ、ここで?」と、思ったのである。
 店内はどう見てもありふれたスナック。



香莉んのマスターとママ
香莉んのマスターとママ

マスター風の男性はTシャツにエプロン姿で洗い物をしている。そして同じ格好をした女性がもう一人いるだけの、いわゆる夫婦で営業している単なるパパママスナック。
 カウンターの隅に常連の酔客が一人。まさに絵に描いたような光景である。
 しかし近藤氏の顔には、そのような不安は見うけられない。よほど信頼できる情報にもとづいているのだろう…。

私は店内をジロジロと確認するようにカウンターの席に着いた。
 これは、私の同業者としての習性みたいなものなのだが、この不自然さが私をより怪しい客にしてしまうことが多いのである。
 しかしこの時、マスターの顔には私の怪しさとは対照的に、客をもてなそうとする優しさと、マジックを愛し、なおかつ自分のワールドを信じる男の強いプライドが現れていた。そしてこの後、その事を確信したのは、わずか数分後のことであった。

飲み物が運ばれてとりあえずは自己紹介。

どうしてこの店香莉んにやって来たかを説明した。
 そして、この時すでに私たちも、このマスターのことを急速に理解し始めていた。
 私たちが何者で何をしにきたかなど、もうどうでもいいくらいお互いマジックを愛する者同志として打ち解け始めていたのだ。

さあ、ショーが始まる。楽しみである。

カウンターの向こう側にほんの少しくぼんだ所があり少し広くなっている。ここが彼のステージである。
 後ろにCDプレーヤーがあり、まず一曲目をかけた。軽快な音楽に合わせて最初のマジックが始まる。その曲の歌を自分で口ずさみながらの演技に新鮮さとを感じた。
 でもやはり初め私は少し照れた。正直この時点ではまだ彼の目を見るのも少しはずかしいくらいだ。


いよいよショーが始まった

しかし曲が進み徐々に慣れてきた。この時このマスターの狙っている新しい観客との一体感らしきものを確認できたような気がする。
 そして、このまま新しいスタイルをしばし楽しむことにした。
 マジック毎にCDを差し替えてのなんとも忙しい演技であるが、これがまた妙に親しみがあって、所々の気取った演技とのバランスを保っている。

中でも糸を切って復活させるマジックは、音楽が素晴らしく幻想的で、ため息がもれるほどだった。
 音楽とお喋りが楽しいショーである。もちろんカードマジックもたっぷり見せてもらった。

そして、本当に驚かされたのは、この後である。


ロープやタバコ、スポンジなどが演じられた


ここ香莉んのマスターは秀さんという。

マジックの覚え方が私たちとは違うようで、別段スーパーテクニックと言うわけではないが独特の技法がよく使われている。
 最も単純そうに見えたカード当てマジックに何度も驚かされ、ついにはあの近藤氏でさえも引っ掛かってしまったのである。
 このことは近藤氏の名誉を考えると掲載をためらうところであるが、このマスター秀さんへの私たちからの賛辞と受けとって頂きたい。

何度でも引っ掛かってしまうカードマジック
何度でも引っ掛かってしまうカードマジック

まさにニューウェーブとでも言うか、久々に目がさめるようなマジックを観た思いだった。

ショーの後は秀さんと、マジック談議。これまたユニークで興味深い考えの持ち主である。
 明らかにマジックを単に自分のビジネスに利用してお客を集めているのではなく、本当にマジックを愛する情熱の持ち主であった。今後の活躍を大いに期待したい。

「香莉ん」を後にした私たちは、時間も遅くなっていたのでここで解散することにした。いつもならここからまた、他の所へ出掛けるところだが「香莉ん」の印象が強く、今日はホテルへ帰ってゆっくりしようと思って歩き始めた。

しかし、まさに次の瞬間、この私の予定をくつがえす出来事が起こってしまったのです。
 本当に銀座は面白い所ですねえ。今夜もやっぱり遅くなりそうです。

皆さんおやすみなさい。

その4へ続く

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