マスター東京へ行く(その4)


「香莉ん」の興奮が覚めやらず、ホテルへの路を歩いている時、「マスター」と、突然背後から声をかけられた。
 ここ銀座で私のことをマスターと呼ぶ人間はいない。しかし、その時の私は驚くことなく普段とまったく同じように返事をして振り返ってしまった。というのも、先ほどの声そのものが銀座か北新地かを忘れさせるほど日常的で、つまり、その声には、「どうしてこんな所にマスターがいるの?」の意思の含まれていない自然なものだったからである。

声の主はなんと、バーノンズ・バーのお客様だった。
 彼は東京在住だが大阪出張の時は必ず店に来てくれる常連様の一人であり、またマジシャンでもある。そしてなによりも、この銀座では、いささか顔の利く御仁なのである。

夜の銀座通の彼からすれば、私がここにいる理由などどうでもよく、目の前に酒好きの男が一人現れたことの方が重要なのである。
 「ジョーカー」と「香莉ん」の帰り路だと言うと、「じゃあ、今から”ぽいんと”へ行こう」と誘われる。むろん断る理由などなく、喜んでホテルから「ぽいんと」への逆戻りの路を急いだ。

「ぽいんと」私が初めてこの名前を聞いたのは、今から22年前、私がこの世界へ入った最初の年だった。内定していた就職先を断り、大学を卒業してジョニー広瀬の下でマジシャンを目指したまさにその年である。
 そしてその年、初めてアメリカのマジック大会に挑戦し、同じ参加者である「ぽいんと」のマスター古賀さんと出会った。

その大会には他にも、プロマジシャンの深井洋正さん、からくり堂の真田豊実さん、セオマジックショップの妹尾さん、そしてあのスパースターのMr.マリックさんなど今の日本のマジック界を代表する人達が参加していた。
 当時ほとんど無名の若いマジシャン達が、熱い夢を抱いてアメリカのコンベンションに初めて参加した、そんな時代でした。

今日はそんな懐かしい話も出来るかもと、期待してお店のドアを開けました。




まずは、歴代の名マジシャンがおでむかえ


ダウン寸前の古賀さん(右)と
チーフの杉山さん(左)

今年で25周年を迎える「ぽいんと」。

そのマスターとは本当に久々の再会である。
 いろんな昔話に花が咲くことを期待していたのだが、これは空振りに終わった。
と言うのも、私達がお店に着いたころには、マスターもうすでにでき上がっており、挨拶もままならずボックス席でダウンしてしまったのだ。

私も同業者としてたまに経験することなので、マスターを責められず諦めることにした。

でも、ママやチーフの杉山さんがその代役を十分果たしてくれた。

マジックも杉山さんに少し見せてもらうことが出来たし、お店の雰囲気はさすがに25年を感じさせてくれる。先ほどの御仁をまじえて暫く話に花が咲いた。


なんと「ぽいんと」は今年25周年!

今日は本当に東京を、とりわけマジックバーを十分すぎるくらい堪能出来た。

さあ、部屋に戻って休むことにしよう。明日は、赤坂へ行ってきます。

その5へ続く

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