| 生年月日 | 1971年8月17日 |
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| 血 液 型 | B型 |
| 出 身 地 | 栃木県足利市 |
栃木県出身の怪しいフランス人、ムッシュ・ピエール
| 1991 | 高校時代の、担任の東大受験の指導を拒否。奇術部のある阪大を受験。 大阪大学人間科学部入学と同時に奇術研究会に入部。 在部中4年連続学外発表会出演の珍記録を持つ。(普通は2年) |
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| 1995 | 卒業目前もまさかの中退。そして、実家にも戻れず絵に描いたような転落人生を歩む。 | |
| 1998 | 紆余曲折の中、やはり自分にはマジックしかないと、再びマジシャンを目指し最後の 夢にかけ、トレーニングを再開する。北新地のマジックバー、バーノンズ・バーの門を叩く。 ここで生涯の師、マスターのルビー天禄と出会う。一度は入門を断られるが、その間 サービス業の勉強のため1年間他店で働く。 |
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| 1999 | 1年後再びバーノンズ・バーの門を叩き、その間の勤務を認められ入門を許される。マスターから、キャプテン人見の名をもらい本格的なマジシャン修行に入る。プロとアマの差を歴然と思い知らされる毎日の連続。しかし初めて味あう充実感に夜昼を忘れて働いた。 店の5周年を間近にひかえた頃、閉店後の深夜、帰宅途中に暴力事件に巻き込まれおおけがを負う。網膜剥離と診断され失明の危機にさらされる。手術は必至、入院は最低3週間。栃木の両親も急きょ来阪、心配と不安の両親を熱意で説得し、自らも決意を新たにする。 何とか5周年にも間に合い年末を迎えた頃、マスターから、「キャプテン人見はもう死んだ。今日からおまえはムッシュ・ピエールや。」 ムッシュ・ピエールの誕生である。 |
![]() キャプテン人見時代のピエール |
| 2000 | 新しいキャラクターのムッシュ・ピエール 本格的テクニックを持ったコメディーマジシャン 今や北新地の人気者ピエール 11月には、初の国際コンテストにエントリー、「ダークホースとして旋風を巻き起こしたい。」 ムッシュ・ピエールは満1歳、いよいよプロマジシャンとしての活躍が期待されるニューリーダー的存在だ。 |
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